展覧会概要
開催趣旨

 いつも目にしている紙幣に線の世界が広がっていることをご存知でしょうか。よく見ると小さな画面のなかで細い線や太い線と、自由な曲線や規則的な点線とが組み合わさって肖像や風景が表わされているのです。その多くは「ビュラン」と呼ばれる版画の彫刻刀によって刻まれたもの。習得が難しく、制作にも時間がかかります。
 それゆえ熟練の技はまさに超絶技巧。1ミリの間に10本以上の線を刻むことができるうえ、さまざまな質感や量感を刻線のみで表わすことも可能です。また強じんな集中力をもって彫り続けるためでしょうか。ビュラン作品には作り手の心が色濃く反映されたものが少なくありません。版画家の手業と精神が出会うとき、あらゆるものが版面に刻まれうるのです。
 表現の可能性を開拓したアルブレヒト・デューラーをはじめとする西洋の先達たちと、その心技を昇華させた柄澤齊(からさわひとし)ら日本の版画家たち―本展では彼らの作品約200点によって、ビュランから生まれる版画「エングレーヴィング(直刻銅版画)」と「木口木版画」の魅力にせまります。時空をこえて呼応しあう古今のビュラン作品をご堪能ください。

展覧会名「森羅万象を刻む―デューラーから柄澤齊へ」
(しんらばんしょうをきざむ でゅーらーからからさわひとしへ)
会期 2016年4月29日(金・祝) ~ 6月19日(日)
会場 町田市立国際版画美術館
東京都町田市原町田4-28-1 TEL:042-726-2771
問合せ 町田市イベントダイヤル:042-724-5656
ホームページ http://hanga-museum.jp/
観覧時間平日:10:00-17:00(入場は16:30まで) / 土日祝:10:00-17:30(入場は17:00まで)
休館日月曜日
観覧料 一般800(600)円/大学・高校生・65歳以上400(300)円/中学生以下は無料
※()内は20名以上の団体料金
※展覧会初日4月29日(金・祝)は入場無料
※身体障がい者手帳、愛の手帳(療育手帳)
 または精神障がい者保健福祉手帳をご持参の方と付き添いの方1名は半額
主催町田市立国際版画美術館 読売新聞社 美術館連絡協議会
協賛ライオン 大日本印刷 損保ジャパン日本興亜 日本テレビ放送網
助成 

第一章 価値を刻む―エングレーヴィング

 エングレーヴィングは1430年頃のヨーロッパで金工品の装飾技術から派生しました。この版画は銅板にビュランの鋭い刃先で線を刻み込んでいくため、それまでの木版画には無い精細な描写が可能となりました。これに創作意欲を刺激された初期の版画家たちは競い合うかのように腕を磨き、作品の芸術的「価値」を高めていきます。そして誕生から一世紀も経たないうちにアルブレヒト・デューラー(1471-1528)の手でエングレーヴィングはひとつの完成を見ることになりました。

 一方、この版画技法はお雇い外国人エドアルド・キヨッソーネ(1833-1898)によって日本の大蔵省紙幣寮にもたらされています。熟練を要する精緻な表現は偽造が難しく、紙幣や切手の発行に不可欠だったためです。単なる紙が経済的「価値」を持つことを、西洋の先達の極めたビュランの技が保証してきたともいえるでしょう。第一章では西洋の巨匠たちの傑作と紙幣や切手などによってエングレーヴィングの本質をうかびあがらせます。

第二章 情報と物語を刻む―木口木版

 木口木版画は堅く締まった版木をビュランで刻んで作られる版画です。新聞や書籍の挿絵として19世紀の西洋で発展し、同じ凸版である活字と共に報道・広告の「情報」や小説・おとぎ話といった「物語」を多くの人々に伝えていました。この版画の創始者的存在トマス・ビューイック(1753-1828)は動物や鳥の姿を正確に表わし、ギュスターヴ・ドレ(1832-1883)の原画と彫師の技巧は書籍の挿絵を芸術の域にまで高めました。一方、マックス・エルンスト(1891-1976)は既製の木口木版画を切り貼りすることで「コラージュ・ロマン」と呼ばれる不可思議な物語を生みだしています。第二章では実用性と芸術性を兼ね備えた木口木版画の歴史を紐解きます。

第三章 刻線の小宇宙―人体・肖像

 ビュランの刻線を堪能することができるテーマが人体と肖像です。長さと太さの異なる線や平行線と交差線などの組み合わせによって、さまざまな量感をもつ人体が表わされてきました。さらに肖像画では衣服の布や甲冑の金属といった材質の違いまでもが巧みに再現され、見る者を驚嘆させます。とりわけ注目すべきは、キリストの顔を拭った布に彼の顔が浮かび上がった逸話にもとづくクロード・メラン(1598-1688)の《聖顔》でしょう。よく見ると鼻先から始まる交わらない一本の線だけで全てが表わされているのです。第三章では人の姿から刻線による表現の多様な世界を紹介します。

第四章 刻線の大宇宙―自然

 刃先を押し進め、線を刻んでいくビュラン。この動きが線に躍動感と生命力を与えます。ルーベンス(1577-1640)の油彩画を彫師がエングレーヴィングで表わした風景画では、大気や水の流れが原作以上に強く感じられます。フランスにわたり版画の古典技法を復興させた長谷川潔(1891-1980)は、ビュランの凜とした線によって身近な草花を神秘的なものに変容させました。それらの作品は彼の遺した「白昼に神を視る」という言葉を想起させます。「視えるがままに」手を動かして刻まれた門坂流(1948-2014)の流麗な線は、彼の眼とビュランの動きの痕跡であると同時に、自然の内包する生命力を顕在化させたかのようです。第四章ではビュランのよる刻線の力が如何なく発揮された自然を題材とする作品を紹介します。

第五章 刻線の彼方へ

 ビュランは目に見えない幻や心、捉えどころの無い時間や空間にもかたちを与えます。ウィリアム・ブレイク(1757-1827)は独自の解釈に基づいたダンテ『神曲』を、渡辺千尋(1944-2009)は自らの心象風景をエングレーヴィングで表現しました。いずれもビュランの刻線が幻想的な作風に欠かせない要素となっています。日和崎尊夫(1941-1992)の木口木版画では、線を刻む時間と版となった木が宿していた命がからみあい、小さな画面のなかに無限の世界が広がっています。木原康行(1932-2011)が刻んだ幾何学的かつ有機的なかたちは、うつりかわる時間と空間、そして生命までをも表わしているかのようです。版画家の手業と精神が織りなす刻線の極致ともいうべき作品群を紹介します。

第六章 柄澤齊―森羅万象を刻む

 木口木版画の可能性をひらいてきた柄澤齊(1950年生まれ)。日和崎尊夫の作品に感銘を受けてビュランを手にした柄澤は、確かな技巧と豊かな想像力、そして版画の歴史や概念に対する鋭いまなざしによって独自の世界を構築してきました。紙幣への憧憬と考察から生まれた《柄澤札》や、古今の著名人に取材した『肖像シリーズ』など、前章までの作品と共鳴するものも少なくありません。初期の作品から自作の木口木版画を切り貼りしたコラージュ作品、細部にまで彼の美学がいきとどいた本の装丁・挿画などによって、あらゆるものをビュランに託し刻んできた柄澤齊の歴程をたどります。

展覧会図録

仕様 B5変形 186頁(図版128頁はカラー) 2500円(税込)
柄澤齊の新作版画「DÜRER」(木口木版画)付
※本展のために制作されたもので本図録の全てに一枚ずつ収められています。
目次 柄澤齊「汎版論―表象としての版とビュラン」
図版
藤村拓也「版画の性分」
作品目録・解説
主要参考文献
※当館一階の売店で販売しております。

展覧会オリジナルグッズ(※いずれも価格は税込)

ペーパーウエイト(二種) 800円
名刺入れ(二種) 800円
ミラー(二種) 500円
トートバッグ(二種) (黒)1,000円
(白)800円
※当館一階の売店で販売しております。

記念講演会「ど版画―ビュランは版画の王道」

講師柄澤齊(版画家)
日時5月14日(土)14:00~15:30
会場1階講堂
定員先着100名
※聴講無料
※混雑時は入場を制限する場合があります。

公開制作「てのひらの宇宙―直刻銅版画・エングレーヴィング」

実演と解説尾﨑ユタカ(銅版画家)
日時5月7日(土) 13:30~16:00 ※途中休憩含む
会場1階アトリエ

※入場無料
※混雑時は入場を制限する場合があります。

プロムナード・コンサート

演奏Duo Iris(デュオ・イリス)【真野謡子-ヴァイオリン、後藤加奈-ピアノ】
日時5月28日(土) ①13:00~ ②15:00~(各回30分程度)
会場エントランスホール

※どなたでもご鑑賞いただけますが、お席のご用意はありません。

ギャラリートーク

内容①館長によるスペシャルトーク
②担当学芸員による作品解説
日時①5月29日(日)
②5月15日、22日、6月5日、12日(日)
会場2階 企画展示室

※ 各日14:00から45分程度。観覧券をご用意のうえ、2階企画展示室入口にお集まりください。

体験コーナー「ビュランにふれてみましょう」

日時5月14日、6月4日(土) 各日11:00~12:30、14:00~16:30
会場2階ロビー
対象中学生以上

※参加無料。時間中は随時参加できます。
※混雑時はお待ちいただく場合があります。


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